川戸研の研究分野の背景
1995~2025年の約30年間で,脳が合成する神経ステロイド(男性・女性ホルモンが代表的)の作用研究は大きく進展した。
2000年以前は、女性ホルモンの受容体(ER, estrogen receptor)や男性ホルモンの受容体(AR, androgen receptor)は記憶中枢の海馬には存在しないということになっていた。これらは、生殖中枢の視床下部だけに存在すると思われていた。
ちなみに、大学生と雑談をすると、脳の男性ホルモンは攻撃性と欲望を担っているという誤った思い込みがある(でもまだ世間の常識になっている)。実際、「優秀な株のトレーダーは血中・唾液のテストステロン(T) 値が高い」、という神経経済学の本が売れている。これも攻撃性の発現だと思っているのではないか。ヒト脳内のT値は測れていないが、ラット海馬内のT値は血中の120%と高く、精巣摘出をすると、20%まで低下するから、トレーダーの脳の血中の値からの推測は外れではないといえるが、実はやる気の中枢は海馬だと思われているので、攻撃性よりやる気が高いだけといえる(Tは抗不安作用を持つことがわかっている)。海馬での男性ホルモン受容体ARの探索は女性ホルモン受容体ERの探索よりずっと注目されていなかったが、これは男性ホルモン T は記憶と関係などあるはずがない、という思い込みがあるせいであろう。
女性は更年期や加齢により,脳内のエストラジオール(E2) の低下で神経シナプス数が減少して記憶機能は低下し,認知症やアルツハイマー病が発生していると思われている。しかしこれは女性だけの問題ではなく、男性でも、更年期や加齢により,脳内のテストステロン(T) などの低下で神経シナプス数が減少して記憶機能は低下し、認知症やアルツハイマー病が発生していると思われる。これに対する方法として男性患者に対するテストステロン補充療法(testosterone-replacement therapy, TRT)(飲む・パッチを貼る・鼻スプレーなど)が行われているが(米国ではなんと500万人も使用している)、現在のところ日本では、女性に対する女性ホルモン補充療法(Estrogen-replacement tharapy, ERT) ほど一般化していない。しかし男性にも更年期があるという概念も広く知られるようになってきたので、今後は日本でもTRTが普及するのではないかと思われる。 ここで重要なことは、TRTはオリンピックなどで問題になるドーピングとは大いに異なり、低下したTを補うのであり、十分にあるTを更に増加させるという危ない行為ではない、ということである。
川戸研の研究の主眼は
「記憶の新しいステロイド・モジュレータとしての男性・女性ホルモンが示す認知機能の制御と、老化したヒトでの認知機能を助ける効果の診断」です。「記憶中枢の海馬が合成する男性・女性ホルモンの作用である」ことが重要です。 「ストレスホルモンによる海馬神経の変化から抑うつ症と、その改善機構を解析する」ことも重要です。
<海馬は男性・女性ホルモンを短時間で合成しており→記憶力を短時間で増強している>
神経シナプスに存在する(膜上)性ステロイド受容体を介した non-genomic 作用で→蛋白キナーゼを駆動し→ 神経シナプスが増加したり,または長期増強が増強される、という1時間で起こる早い作用経路がある。実時間でも記憶力を上昇させることができる。これは、1日以上はかかる,古典的なステロイドの核内受容体からの遺伝子転写経路,とは全く異なるものである。神経シナプスでの男性ホルモン(T, DHT) と女性ホルモン(E2) の合成と,その作用を明らかにすることは、日常生活に希望と活力を与えることができる。
川戸研での海馬での男性・女性ホルモン合成と作用の発見はNHK番組でもたびたび取りあげられた。例えば [あさイチ2022] [あさイチ2018] [NHK-BS2016] [ためしてガッテン2010]
—————–もっと専門的な説明———————————
脳での精神現象を担う高次情報変換を生物物理学と分子細胞生物学で解明する研究を行ってきた。神経シナプス伝達に伴う電気信号、Ca信号、神経ステロイド信号など情報の受信・変換・発信メカニズムを解析。電気生理・顕微蛍光イメージングなどの計測法を縦軸、分子細胞生物学を横軸として、研究している
具体的には以下のようなことを研究している。
- 記憶学習中枢の海馬で合成される神経ステロイド(男性・女性ホルモンを含む)は新しい型のモジュレータであり、グルタミン酸受容体に働き、記憶・学習機能を活性化する。多電極を用いた電気生理とレーザー蛍光顕微システムを用いて、神経ネットワークや神経シナプスの交信機構を解析
- 老化により海馬で引き起こされる認知症やアルツハイマー症の治療法として、性ホルモン補充療法は最も成功しており、世界的中で1000万人に対して行われている。この効果の原理は、海馬神経で合成される女性・男性ホルモンが、性ホルモンとしてではなく、神経シナプス成長因子として働いていて、その作用を補充療法が活性化することに起因する、ということを発見した。常識に反して、雄の脳の方が雌の脳より女性ホルモンを多く合成するので、雄の神経回路が出来上がる。記憶中枢での雄雌の神経回路の違いを探っている。ストレスホルモンによる海馬神経シナプスの抑うつ症と、その改善機構を解析
- 海馬でのニューロステロイド合成酵素と受容体からなるネットワークの遺伝子解析。 KOマウスや遺伝子改変マウスを用いた解析。受容体や蛋白を発現した人工脳細胞を用いての上記研究
- 脳型コンピュータのアルゴリズムを見つけることを目指した研究。 神経シナプス3次元配線の数理自動解析法の開発を進めている
- 神経スパイン解析ソフト Spiso-3D を開発し配布している。
→ ”Full Spiso-3D”をダウンロードして使用できます。
>> [Spiso3D 操作マニュアル],[Full Spiso-3D], 「Spisoよく起こる問題と解決法」
, 「Java32bitを使用せよ→Spiso と ImageJ」
論文 Cerebral Cortex (2011) 21:2704-2711, [PDF] [MOVIE] ,[Neuron, 2020]
東大時代は当研究室は総合文化大学院/広域科学専攻/生命環境科学系及び理学系大学院/物理学専攻の2専攻から 大学院生を受け入れていた。大学院生は、物理系出身者は計測や解析を、生命系出身者は分子細胞生物学と、 各自の得意な分野を生かして研究していた。
東大大学院/総合文化研究科/広域科学専攻の特徴は、学際研究に特に中心を置いている専攻で、生物物理 研究なんかには最適。同じ専攻内に生命科学・物理・生化学・化学・心理学・情報システム学などもあるから。 研究室は約100、大学院生は1学年100名程度入学する。